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福田ビジョン

温暖化 国際交渉 国内政策

9日月曜日、福田総理がG8へ向けての方針、通称「福田ビジョン」を発表した。正式なタイトルは、“「低炭素社会・日本」をめざして”で、日本記者クラブにおいて、総理自身のスピーチという形で発表された。

いつだったか忘れたが、町村官房長官が日本の長期目標として、60〜80%を検討していると述べたことが報道されたあたりから、この「福田ビジョン」の発表が今月上旬になるという噂になり、その中身をめぐって、さながら福田ビジョン狂騒曲とでも言うべき報道合戦が繰り広げられていた。

このビジョンがなぜ重要なのかといえば、それは、このビジョンがG8へ向けての、議長国日本としての温暖化問題に対する実質的な方針表明になるからである。G8ではもちろん、温暖化・気候変動問題以外の問題も話し合われる(たとえば食糧危機)が、これが主要議題の1つであることは確かである。

スピーチの全文は上述の官邸ウェブサイトへのリンクから読めるが、一般的に注目を集めていたポイントは「長期目標」「中期目標」「排出量取引」の3点であったように思う。これらについて、それぞれ、解説めいたことと、感想めいたことを書いてみたい。

長期目標

注目を集めていたポイントの1つ目は、温室効果ガス排出量削減についての日本の「長期目標」を発表するかどうか、するとすれば、どのような数字になるかである。長期目標は、長期的な対応が必要になるこの温暖化問題に対する取り組みにおいて、日本が一体どのような方向を目指すのかを内外に示す意味において重要である。

この点に関しては、すでに町村官房長官が述べたように、「60〜80%」という削減目標が示された。基準は「現状から」であるので、EUなどが基準とする1990年とは若干意味合いがことなる。なぜなら、日本の場合、1990年と最新の排出量(2006年度)を比較すると、温室効果ガス排出量は6.2%増加しているので、その分だけ実際上の目標値は小さくなるからだ。以下がスピーチの該当部分である。

日本としても、2050年までの長期目標として、現状から60〜80%の削減を掲げて、世界に誇れるような低炭素社会の実現を目指してまいります。

昨年のハイリゲンダム・サミットの中では、極めて曖昧な文言ながら、「全世界で排出量を半分以下にする」ということに一応の合意を見た。もっとも、正確な文言としては、

本日我々が合意したすべての主要排出国を巻き込むプロセスにおいて、排出削減の地球規模での目標を定めるにあたり、我々は2050年までに地球規模での排出を少なくとも半減させることを含む、EU、カナダ及び日本による決定を真剣に検討する。我々は、これらの目標の達成にコミットし、主要新興経済国に対して、この試みに参加するよう求める。

となっているので、「合意を見た」は言い過ぎかも知れない。が、少なくとも日本政府は、「現状から」半分以下にするということを、安倍前総理の時に美しい星50の中で述べている。これを前提として、かつ温暖化を引き起こしてきた先進国の責任を認めるならば、日本を含む先進国がこの「半分」よりも大きな数字を掲げることは半ば当然とも言える。

では、この削減で十分なのだろうか?

IPCCの第四次評価報告書において、最もリスクの低い、つまり最も低い温室効果ガス安定化濃度を達成するための排出シナリオでは、世界全体で2050年までに2000年比-50〜-85%に排出量を削減しなければならないとされている*1

そして、同じくIPCC第四次評価報告書において、その濃度安定化シナリオを達成するためには、先進国全体として、2050年までに1990年比-80〜-95%の削減が必要であるとされている*2

これは、あくまで先進国全体での数字なので、日本がどれくらいやるべきかは、先進国の中での責任分担を考慮しなければならない。しかし、これを一種の先進国平均として考えれば、少なくとも、IPCC第四次評価報告書の中で示されている温暖化のリスクを最小限に抑えるシナリオの観点から見た場合、福田総理が掲げた長期目標はギリギリ合格であるといえよう。

ただ、「60〜80%」というのは、とても大きい数字だし、「85〜95%」というのは、ほとんど100%に近い。一般人として見た場合、果たしてそんなことが可能なのか?という疑問がおきることは十分に考えられる。2050年までの長期の目標であることを考えても、これは相当な変化を社会に強いるものであることは容易に想像が付く。

国立環境研究所が中心となって実施している脱温暖化2050プロジェクトでは、1990年比70%削減を日本で達成するとしたら、どんなことが必要かを検討している。日本でこうした長期の削減シナリオを包括的に検討している数少ない事例であるといえるであろう。こうしたシナリオの妥当性についてはさらなる議論が必要だが、少なくとも、ここでは70%削減の可能性はきちんと示されている。

事前の噂では、この長期目標を掲げない可能性も指摘されていたことを考えると、ここできちんと長期目標を示したことは、日本にとって一定の進歩を意味すると言える。

中期目標

2つ目の注目点は、日本政府が果たして2020年ないしは2030年の中期目標をかかげるかどうかといかという点である。

この点については、福田総理はスピーチの中で以下のように述べている。やや長いが、大事な点なのできちんと全部引用しておこう。

この2050年半減という長期目標を本当に達成していくためには、世界全体の排出量を、今後10年から20年くらいの間に、ピークアウト、すなわち頭打ちにさせなければなりません
 「すぐ手が届く将来」のことを論じる以上、単なるかけ声とか、政治的なプロパガンダみたいな目標設定ゲームに時間を費やす余裕は、もはやありません。
 今や、それぞれの国が「確実な実現」に責任を負うことのできる目標に向けて、「地に足の着いた議論」を開始する段階に来ています。私がダボス会議で提案したセクター別のアプローチは、そうした現実的な解決策を見出す方法論にほかなりません。
 EUは、2020年までに90年比で20%の削減を目標として掲げております。これは現状(2005年)から14%の削減を意味します。日本は、省エネ先進国として、既にEU諸国を大きく上回るエネルギー効率を実現しておりますが、先般、2020年までに、現状から更に、EUと同程度の削減レベルである14%の削減が可能だという見通しを発表しました
 90年以降の我が国の実際の排出量は、若干の増減はありますが、微増傾向にあるのが実態です。この2020年14%削減という数字は、これを、ここ1、2年のうちに確実にピークアウトさせて、2012年までの京都議定書上の目標を確実に達成することはもちろん、2020年に向けて更に大きな削減を実現して、引き続き世界最高水準の省エネ先進国として世界をリードしていくというものです。
 この数字は、決していい加減なものではなくて、セクター別アプローチを緻密に適用しまして、その時々に実現していると予想される最も進んだ省エネ、そして新エネ技術を具体的にどの程度導入していくことが可能かについて詳細に検証しまして、削減可能な排出量をひとつひとつ積み上げた結果得られたものです。
 コストもかかりますが、このような技術的開発をするというのは、ここまでは可能だという姿を具体的に示した世界初の試みであります。
 国別総量目標の設定に当たりましては、こうしたセクター別積み上げ方式についての各国の理解を促進してまいりたいと思っております。具体的には、我が国が行ったようなセクター別アプローチで、各国が実際どの程度削減することが可能なのか分析作業を行って、本年12月のCOP14にその成果を報告するよう、働きかけていくことが必要だと考えております
 また、基準年につきましても、20年も前の1990年にいつまでも拘っていてよいのかといった論点もあり、セクター別積み上げ方式に対する各国の評価なども踏まえて、共通の方法論を確立するとともに、来年の然るべき時期に我が国の国別総量目標を発表したいと考えております
 いずれにせよ、「世界全体」で近いうちにピークアウトするという目標を実現するためには、EUや我が国のみならず、主要排出国をはじめとする「全員参加」型の枠組みがどうしても必要であります。
 そのためには、先進国が途上国以上の貢献をすることを前提としながら、誰もが納得できる「公平かつ公正なルール」に関する国際社会の合意作りに向けて、粘り強く交渉してまいりたいと考えています。【太字強調は筆者】

太字で強調をした部分を順番に見てみよう。

まず、前回のダボス会議でのスピーチと同じく、世界全体での「今後10〜20年」でのピークアウトについて言及している。ここはこれまでの立場から変化はないが、あえて「20年」と述べているのは、「2020年」だけでなく、「2030年」という目標年も考慮に入れているからであろう。

問題は次の強調部分である。若干分かりにくい部分もあるが、要するに、EUが掲げている1990年比20%削減目標は、2005年比に直せば14%削減であり、それなら日本もできるといっている。ここで、それが可能であるという「見通しを発表しました」といっているのは、5月21日に発表された「長期エネルギー需給見通し」のことである。

この長期需給見通しでは、今後の温室効果ガス排出量について、次のような見通しを立てている。


政府・長期エネルギー需給見通しにおける温室効果ガス排出量見通し
温室効果ガス総排出量 1214百万t-CO2 2005年総排出量比▲11% 1990年総排出量比▲4%
エネルギー起源CO2 1026百万t-CO2 2005年比▲13% 1990年比▲3%
その他の温室効果ガス 188百万t-CO2 2005年比+ 2% 1990年比▲1%

(出所)総合資源エネルギー調査会(2008) 長期エネルギー需給見通し

温室効果ガスの欄を見ると、2020年では、2005年比でも「11%」なので、「14%」じゃないじゃないか、と思うかもしれないが、同じ資料に、「参考」として、仮に現在(第一約束期間中に)確保されているのと同じ森林吸収源(3.8%)を同じように、将来においても確保できると想定したら、「14%」でも可能であると書いてある。 この吸収源に関する想定はかなり無理があるので、14%という数字がこの見通しの中で可能といえるかどうかにもけっこう無理があるが、より大きな問題が別にある。それは、基準年をずらすことによって、削減パーセンテージを大きくしてしている点だ。 上の表の一番右の列が示すように、日本における2005年比14%削減(吸収源を除けば正味11%削減)は、1990年比に直せば4%削減にしかならなくなる。EUの場合、2005年比14%削減は1990年比20%削減と数字が大きくなるのに、なぜ日本の場合だと逆に減るのかといえば、それは、日本とEUにおける1990年以降の排出量動向に違いがあるからである。端的に言えば、日本は1990年以降、排出量を増やしているのに対し、EUは排出量を減らしている。そこへきて、基準年を2005年へと後ろへずらせば、日本にとっては90年以降の増加をキャンセルし、EUにとっては、90年以降の排出量減少をキャンセルする意味合いがある。したがって、基準年ずらしの持つ意味が全く逆になるのだ。 該当部分の直前の福田総理のスピーチにも表れているように、この「基準年ずらし」による数字調整は、日本がEUに対して持っている「効率性」に対する強烈な不公平感を表している。つまり、日本は世界最高水準の効率を達成しており、90年以降の削減余地が限られていた。EUは、東欧などにおける大きな削減余地があり、90年以降に容易に下げることができた(それで少し日本並みに近づいた)。だから、基準年はずらすべきであるという考えだ。 効率性の観点から、公平性を確保しようという考えには一定の理はある。しかし、温室効果ガス排出量削減努力は別に効率性の改善だけでなく再生可能エネルギー導入等も含まれることや、日本国単体として見たときに、こうしたいわば「数字のトリック」で数字を大きく見せようという操作が、果たして温暖化に積極的に取り組もうという国の姿勢として前向きに評価できるかどうかという問題がある。 京都議定書の基準年(1990年)の排出量と2005年の排出量を比較した場合、日本の排出量は、7.7%も増加している。1997年に京都議定書が採択された時から、日本にとって議定書の目標を反故にするという選択肢が事実上なかったことを考えると、いかな言い訳があろうとも、その間に増やしてしまった7.7%は、次期枠組みでは考慮から外してくださいという主張は、虫が良すぎる主張ととられても仕方がない。 もっとも、この数字は、あくまで「可能性のある数字」として示されているだけで、正式な中期目標ではない。もともと、今回の「ビジョン」で福田総理が具合的な数字を持って中期目標を示す可能性は低いと予想されていた。 正式な中期目標は、次の強調箇所にあるように、他国に対してセクター別アプローチを適用するように呼びかけた上で、来年の「然るべき時期に」発表するとある。 これは、言い換えれば、今回のG8で日本が中期目標の範囲について合意するつもりが無いことを示している。 中期目標は、長期目標とセットで、日本の政策に具体的な方針を与えるだけでなく、途上国に対して、2013年以降も先進国として率先して温室効果ガス排出量削減を実施していくというメッセージを出す意味で極めて重要である。これは、途上国が次期枠組みにおいてこれまで以上の削減行動に踏み込んだ何らかの約束を受け入れる上での必要条件である(十分条件ではないが)。 これが、今年末にポーランドポズナンで開催される国連気候変動会議(COP14・COP/MOP4)までに日本から示されないというのは、交渉の進展にとっては、残念ながら大きな障害となるであろう。

排出量取引制度

3番目は、日本が排出量取引制度を導入へ向けての意志をしめすかどうか、という点である。これはあくまで国内での温暖化対策ではあるが、日本の削減へ向けての意志を示す上では重要なポイントとして見られている。

日本は現在、最大の排出部門であるエネルギー・産業部門については、経団連の自主行動計画によって温暖化対策を進めることになっている。しかし、今後もこのままこうした自主的な制度に頼っていくのか、それとも政府による何らかの規制を入れていくのかについては、国の中で大きな立場の違いがある。そして、特に、現在、欧州で運用がはじまり、米国でも導入へ向けての気運が高まっている排出量取引制度を導入するべきかどうかについては、産業界は強く反対している。

この点に関して、福田総理は下のようにスピーチで述べた。再び、ちょっと長いが全部引用してみよう。

環境問題の解決には政府の役割も大きいことではありますが、あくまでも排出削減の実際の担い手は民間であることを考えるならば、CO2に取引価格を付け、市場メカニズムをフルに活用し、技術開発や削減努力を誘導していくという方法を積極的に活用していく必要がございます。
 こうした手法のひとつとして、EUでも、2005年から域内排出量取引制度が始まっていますが、我が国としても、いつまでも制度の問題点を洗い出すというのに時間と労力を費やすのではなく、むしろ、より効果的なルールを提案するくらいの積極的な姿勢に転ずるべきだというのが私の考えです。
 そのため、今年の秋には、できるだけ多くの業種・企業に参加してもらい、排出量取引の国内統合市場の試行的実施、すなわち実験を開始することとします
 それは、自ら経験してこそ、排出量取引のルール作りに説得力ある意見を言うことができるからであります。その際、実際に削減努力や技術開発に繋がる実効性あるルールを、そしてまた、マネーゲームが排除される、健全な、実需に基づいたマーケットを作っていくことが重要であると思います。
 ここでの経験を活かしながら、本格導入する場合に必要となる条件、制度設計上の課題などを明らかにしたいと考えております。技術とモノ作りが中心の日本の産業に見合った制度はどうあるべきか、その点はしっかりと考えてまいります。
 日本の特色を活かせる設計をこの面において行い、国際的なルールづくりの場でもリーダーシップを発揮してまいります。【太字強調は筆者】

この部分については、2つの見方ができる。1つは、今年の秋から「試行的実施」をするといいつつも、最終的に導入をするかどうかについての判断は保留しているという点において、結局、思いきった決断にはならなかったという見方である。排出量取引に関する議論は、水面下ではいろいろとされてきたが、今年に入ってからにわかに色々な場で議論がされるようになってきた。その結果を受けても、まだ国内の妥協を図ることが難しかったことを示している。

もう1つの見方は、その「試行的実施」を通じて、「いつまでの制度の問題点を洗い出すというのに時間と労力を費やすのではなく、むしろ、より効果的なルールを提案するくらいの積極的な姿勢に転ずるべきだ」という言葉で持って、今までないレベルでの積極性が示されている点である。現状の排出量取引制度をめぐる議論は、まさしく「制度の問題点を洗い出すというのに時間と労力を費や」している状態であることを考えれば、そこから一歩踏み込もうという意志が明確に示されたというのは大きいとも言える。

どちらともとれる、極めて評価の難しい部分ではある。

ただ、個人的にとても心配なのが、「試行的実施」を今年の秋としている点である。

私は、基本的には排出量取引制度を日本にも早期に導入するべきだと考えているが、試行的実施を今年の秋としているのはやや早すぎであるという感が否めない。

なぜかというと、単純に言って、そんな準備ができていないからである。「試行的実施」がどのレベルのものなのかにもよるが、日本にはまだ排出枠を登録する登録簿はないし*3、細かい制度設計だってきちんと行われているわけではない*4。ましてや、おそらく日本で肝となる排出枠配分の方法論については、議論は全く収束をみていない。

そのような状態で無理やりやるとすれば、環境的効果の乏しいものになりかねない。そして、その結果を基にこの制度の有効性が評価されることになれば、当然ながらあまり芳しくない評価となることは目に見えている。

早期導入が望ましいことはたしかなのだが、急いてはことを仕損じる可能性が大きい。試行的実施期間は、個人的には2010年から開始するくらいの方が、むしろ望ましかったのではないかと思う。

まあ、全ては「できるだけ多くの業種・企業に参加してもら」っての「排出量取引の国内統合市場の試行的実施」が何をさすのかによるのだが。

全般として

他にもいくつか言及すべき点はあるが、いい加減長くなってしまったので、またの機会(っていつだ)に譲るとする。

総じてみると、評価できる部分もありつつも、肝心な部分(中期目標の具体的な時期・数字、排出量取引制度についての最終決定)については決定が出ていないので、やや不満の残る内容である。特に、中期目標におけるEUに対する当てつけともいえる内容は、「リーダーシップ」という観点からは必要以上にネガティブな印象をうけるという点で残念だ。

ただ、国内的に大きな逆風が吹いている中で、ここまでの内容に持ってくることはそれなりに大変だったろうことは想像できる。G8本番において、世論の後押しをうけて、あともう一歩踏み出せるか、それともアメリカの顔色をうかがってもう一歩下がってしまうか、見どころである。

*1:IPCC. (2007) Summary for Policymakers. In B. Metz et al. (eds). Climate Change 2007: Mitigation. Contribution of Working Group III to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge, UK: Cambridge University Press.

*2:S. Gupta et al. (2007) Policies, Instruments and Co-operative Arrangements. (Chapter 13) B. Metz et al. (eds). Climate Change 2007: Mitigation. Contribution of Working Group III to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge, UK: Cambridge University Press.

*3:登録簿(Registry)は、排出枠の銀行口座のようなもの。京都クレジット用はあるが、全企業を対象にするような排出量取引制度用のものは、当然ながらまだ整備されていない。

*4:環境省から4つの制度オプション案が示されているが、それですら、まだ大枠の提案である。