「福田ビジョン」の政府「低炭素社会づくり行動計画」
本当は前回のサミット評価の続きを書こうと思っていたのだけれど、それは明日に回して、今回は時事ネタをとりあげようと思う。やっぱりこういうのはそれが出た早い段階で、少し考えておくのがよいだろうし。
今朝の新聞各紙(朝日、読売、毎日、日経)で、先月発表された福田ビジョンを実行に移すための政府「低炭素社会づくり行動計画」の案が25日にあきらかになったという報道がされている。正式な閣議決定はどうやら29日らしい。
この行動計画については、以前から7月内に完成させるという話があって、最初聞いたときは「そんなに短い期間で一体何を作るんだ?」と正直本気なのか疑問に思っていた。それっきり、特に何も発表がなかったのでどうしたのかなあと思いつつも、G8にかまけて放ったらかしだったのだが・・・。
以下では、具体的に、どうやら柱となっているらしいいくつかの点について、メディアに出ている範囲で考えてみたことを書いておきたい。
その前に、1つ面白いなあと思ったことを書いておくと、各紙のこの件に関する記事のヘッドラインが結構違うことである。各紙とも、この行動計画に含まれた柱のどれかをとりあげているのだけれど、「CO2貯留実証、来年度に」(朝日)、「太陽光発電機普及へ、半額目指す」(読売)、「CO2貯留、2020年までに 電気自動車導入も支援」(毎日)、「温暖化ガス排出量取引、10月メドに実験開始」(日経)といった具合に、それぞれフォーカスが違うようだ。
私は排出量取引の試行的実施に一番関心があるので、まずはそこから。
排出量取引の試行的実施は10月から
福田ビジョンで発表された排出量取引制度の試行的実施については、各紙とも「10月から始める」という程度しか書いていない。唯一、日経のみが「9月中に関係省庁の担当者で組織する検討チームが制度設計を進める」と、制度設計のプロセスについて言及している。
前にも書いたけど、この「とりあえずやってみる」という精神は良いのだが、この短い準備期間で行なう「試行」にはおのずと限界があることが心配。
おそらく、今回の試行でできるのは、取引の仕組みや、登録簿のあり方、排出枠の企業内部での処理の仕方(会計も含めて)といった実務的な部分のみで、制度設計の肝となるキャップ設定やそれに伴う排出枠配分の方法といった部分には踏み込めない。
前者の部分についての経験をこの試行の中で蓄積しつつも、後者の部分についての議論は、引き続き継続できるようにしておかないといけない。もっとも、そのためには2013年以降、日本が中期でどれくらいの削減をするつもりなのか、という点がないと難しい部分もあるのだけれど。
CCS(二酸化炭素回収・貯留技術)を2020年までに実用化することを目指して来年度から大規模実証実験
「CCSの実用化を2020年までに目指す」というのは、今年3月に発表された「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」に含まれていたりするので、政府の方針としての位置づけがより明確になったという部分を除けば、新しさはない。
ただ、上記「革新技術計画」では国内での大規模実証実験に「早期に」とりかかるという表現だったのに対し、今回は「来年度から」ということになっているらしいのは新しい。
これは、おそらく今年6月30日に、国内の電力や石油元売りを含む24社が共同出資して、日本CCS調査株式会社が設立され、民間の側でも「大規模」実証実験に参加する用意ができてきたという事実の影響が大きいと考えられる。これまでも、経産省とRITE(地球産業技術研究機構)などを中心とする研究や小規模での試験事業はあったが、研究的な側面が強かった。徐々に、研究的な面から、民間での実際の実用化へ向けての取り組みが始まりつつあると解釈してよいだろう。特に電力会社や一部鉄鋼会社も同調査会社に出資しているというのは大きい。
ただ、こうしたCCSへの取り組みが重要になってくる際に重要になってくる視点というのは、果たしてCCSは日本国内での活用をターゲットとしているのか、それとも技術輸出をメインに考えているのかということである。日本でのCCS、特に貯留の可能性は、理論的な数字は決して小さくはないが*1、実際に大規模に展開できるかどうかとなると、おそらく難しいだろうと直感的に思う。
自国でできもしないものを海外に持っていくのは難しいだろうが、それにしても、メインのターゲットをどこに置いているのかが気になるところである。
太陽光発電システムの価格を3〜5年後に現在の半額程度にし、導入量を2020年に10倍、2030年に40倍にする
前半部分のコストの話は、先月24日に発表されてパブコメにかかっている新エネルギー部会の「緊急提言(案)」にも登場する。
約230万円/戸と高コストになっている住宅用太陽光発電システムの価格を、3〜5年以内に半額程度にまで低減することを目指す。
後半部分の10倍、40倍というのは、福田ビジョンの中にもでてきた表現である。もっと言えば、今年3月に発表された「長期エネルギー需給見通し」に含まれる「最大導入ケース」にほぼ相当する数字で、新しくはない。
2007年版の『エネルギー白書』によると、2005年末の太陽光発電導入量は142万kWらしいので、これを2020年までに約1420万kW、2030年までに5680万kWに上げるということになる。
果たしてこれはどういうインパクトをもった数字なのか?ちょっと試算してみることにした。
まず、ここで言っている導入量とは、設備容量を指す。設備容量だけで他の電源と比べてもあんまり意味ないので、日本の発電量全体の中でどれくらいを占める数字なのかを考えてみる。
一般的に太陽光発電の設備容量から発電量を計算するのは、(発電量)=(設備容量)×(一年の日数)×(一日の時間)×(稼働率;設備利用率)という形で求める(他の方式もあるらしいが、面倒くさいのでここではこれだけで計算する)。現時点での一般的な稼働率は12%くらいが使われるので、0.12をかけるということになる*2。それで計算してみると、下のような感じになる。
現在(2005年) | 2020年 | 2030年 | |
設備容量(MW) | 1,420 | 14,200 | 56,800 |
発電量(GWh) | 1,493 | 14,927 | 59,708 |
日本全体の発電量(TWh) | 984 | 1,005 | 891 |
太陽光発電量が占める割合 | 0.15% | 1.5% | 6.7% |
(出所)経済産業省資源エネルギー庁(2008) 『エネルギー白書』 ぎょうせい、総合資源エネルギー調査会(2008) 「長期エネルギー需給見通し」を基に筆者作成。ただし、「日本全体の発電量」については、「需給見通し」の中で省エネが進むとしてある最大導入ケースを参照。
原発の新規計画13基のうち、9基を2017年度までに
これも、同じく「長期エネルギー需給見通し」もしくは「平成19年度電力供給計画の概要」からである。
事業者名 | 発電所名 | 出力(万kW) | 着工年月 | 運転開始年月 |
北海道電力 | 泊3号 | 91.2 | 2003年11月 | 2009年12月 |
東北電力 | 浪江・小高 | 82.5 | 2013年度 | 2018年度 |
東通2号 | 138.5 | 2013年度以降 | 2018年度以降 | |
東京電力 | 福島第一7号 | 138 | 2009年4月 | 2013年10月 |
福島第一8号 | 138 | 2009年4月 | 2014年10月 | |
東通1号 | 138.5 | 2008年11月 | 2014年12月 | |
東通2号 | 138.5 | 2011年度以降 | 2017年度以降 | |
中国電力 | 島根3号 | 137.3 | 2005年12月 | 2011年12月 |
上関1号 | 137.3 | 2009年度 | 2014年度 | |
上関2号 | 137.3 | 2012年度 | 2017年度 | |
電源開発 | 大間原子力 | 138.3 | 2007年8月 | 2012年3月 |
日本原子力発電 | 敦賀3号 | 153.8 | 2010年10月 | 2016年3月 |
敦賀4号 | 153.8 | 2010年10月 | 2017年3月 |
(出所)総合資源エネルギー調査会(2008) 「長期エネルギー需給見通し」
「9基」というのは、2017年より前に運転開始予定の9基(浪江・小高、東通2号(東北)、東通2号(東京)、敦賀4を除いた分)のことである。
いや、これは無理だろう。そうすべきだとも思わないけれど。
同じお金を需要減対策や自然エネルギーに回すほうが良いと思うが。
その他
その他にも、色々と細かい政策が含まれているようだ。
たとえば、建売住宅にもトップランナー方式を来年4月からにも導入と朝日や読売には書いてある。朝日にも読売にも「建売」「住宅」とあったので、多分、そういう限定つきなんだろう。
そうだとすると、「新築」と「既設」とあるうちの、「新築」に限定し、かつ「住宅」と「業務用・商用」とあるうちの「住宅」のみに限定されるということになるのだろうか。
発想は良いと思うので、もっと範囲を広げたらよいのにと思う。トップランナーとしての基準の適用は新築しかだめだろうが、既設も、不動産購入時や賃貸時に参考にできるようにラベル表示とかできるのではないだろうか。現に、東京都とかはやっているようだし。
また、食品や商品のライフサイクルでのCO2排出量表示制度を来年度から導入実験をするというのもある(朝日)。
これは、イギリスでテスコとかがやっているものを本格的に導入するための実験ということなのだろう。まともに使えるまで(表示が信頼に足るものになるまで)にはけっこう時間がかかるのではないかと思うが。
それから、新車販売台数の半分を次世代自動車(電気自動車/ハイブリッド)にする(朝日)とか、ハイブリッドや電気自動車用の電池の価格を40分の1まで下げる(毎日)とか、燃料電池システムの価格を10分の1程度にする(朝日)とかあった。
これらも、記述の「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」に出てくる数字だ。前者については、プラグリンハイブリッド自動車や電気自動車のバッテリー価格を2030年までに40分の1にすると書いてあるし、後者については、定置用燃料電池(PEFC)のkW当たりの価格を400〜500万円から2020〜2030年の間に40万円未満にすると書かれている。
これらの妥当性を判断するのはちょっと今の私には難しいが、現時点で、次世代の本命がプラグイン、電気、そして燃料電池の中で絞りきれていない部分があるのは確かなようだ。
総じて見て
全体的に見てまず印象深かったのは、いかに資源エネ庁由来の技術関係の数字が多いかということであった。まあ、首相が政府機関の数字を使うことは当たり前といえば当たり前ではあるのだが、やや、この「行動計画」は技術に関する数字を目標として掲げることだけに重きが置かれている感があることは否めない。
新聞各紙の報道を見ただけなので、「案」の全体像を見た後でないと言えないが、そうした技術開発を進めるための「仕組み作り」にあまり言及がなさそうなのが残念である。技術の評価から示された数字を目標として掲げるだけでは、「行動計画」とは言い難い。
「建売住宅に関するトップランナー」がかろうじてそれにあたろうが、それでもやや上で述べたように限定的っぽい。排出量取引は、あくまで試験を行なうだけで、決して導入の方針が固まったわけではないし。
また、この「行動計画」の作成は、全く表にそのプロセスが出てくることなく、関係省庁と官邸の間のみで行われたようである。産業界への打診はあったのかもしれないが、NGOへの打診はおろか、国民へのプロセスの公表もなかった。福田ビジョンの「行動計画」なんだから、別に市民なんて関係ないよということなのかもしれないが、これが閣議決定されるとなると、事実上、日本の2013年以降の政策のひな形になってしまうともいえる。それを作るプロセスが表に出てこないっていうのはいかがなものなのだろうか。