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毎日新聞科学環境部 『迫るアジア どうする日本の研究者 理系白書3』 講談社文庫 2008年

迫るアジア どうする日本の研究者 理系白書3 (講談社文庫)

迫るアジア どうする日本の研究者 理系白書3 (講談社文庫)

温暖化対策の議論をしているとよく出会うのが「温暖化対策の鍵は技術革新だ」という議論である。

この議論は、しばしば短期に政策を導入しないことの言い訳に使われるので、なんとなく胡散臭さを感じてしまうことが、正直多い

ただし、「技術」が果たす役割が温暖化対策において重要であることは異論はなく、温暖化対策に貢献する技術を如何に育んでいくかというのは、温暖化政策の中でも最も重要な課題の1つであろう。

しかし、「技術が大事だ」という議論の中では、「ではどうすればよいのか」という議論はあまり出てこない。日本で技術を育て、そして普及をはかるためには一体何が必要なのか。また、世界の中で同時にそれを実践していくためには何が必要なのか。

そうした問いのヒントがあるのかもしれないと思ったのが、本書を手に取ったきっかけだった。

理系白書"3"」とあるので、当然、1、2があるわけだが、残念ながら1も2も読んだことはない。

本書は、iPS細胞で世界をアッと言わせた京大の山中教授と万能細胞をめぐる情勢を解説した第1章から始まる。その後、アジア諸国、特に韓国、中国などが国を挙げて猛烈な勢いで日本に追いつこうとしている様子を描いた第2章が続く。その後、ポスドク余りやアカハラなどによって人材を活かしきれていない日本を描く第3章、硬直化や責任の所在の不明確さが混迷を生む日本の科学戦略の欠如を描いた第4章、そして、今後へのヒントになる事例等を集めた第5章、第6章が続く、という内容になっている。

どの章も、もともとは記事として書かれたものであったようで、具体的な事例の中で色々な課題が浮き彫りにされている。多種多様な論点がそれぞれの事例には込められているので、読みやすい割には読みごたえのある内容だった。

特に興味深いと感じた点は2つ。

1つは、第3章および第5章で論点として出てくる「人材の技術が海外(特にアジア)に出て行くことを、「流出」ととらえるか、「貢献」ととらえるか」という議論だ。中国・台湾における日本企業のコピー品の蔓延から、「流出」はとかくネガティブにとらえられがちだが、日本の技術の多くも、もとは欧米から輸入したもの。ましてや日本は島国で、何事も自国だけで全てができるということはあり得ない。だからより柔軟に考えるべき、という話が出てくる。

日本の企業からすれば、苦労して開発した技術がむざむざとコピーされたりするのを見るのは忍びないだろうから、全てが全てポジティブである分けではないだろうが、日本が今後アジアの中で技術を開発し、普及させて行くときの1つのヒントが隠されている考え方だという気がした。

もう1つは、日本の科学技術振興に関する政策決定とその普及のための構造だ。

日本では、総合科学技術会議が、科学技術政策の司令塔である、という話が第3章に出てくる。同会議は、経済政策で言うところの経済財政諮問会議であり、省庁よりさらに高い位置から決定を下せる。しかし、その中で、科学者(有識者)が果たす役割は意外にも低く、メンバーの選定も含め、実質的には官僚のコントロールが強いのだそうだ。

あんまり意外性の無い構造ではあるが、もしそうだとすればやはりやっかいな問題だ。

省庁の審議会を傍聴していても時に思うのだが、審議会のメンバーの中には、「なんでこの人が?」というような人が入っていることも多い。

審議会や、上記の総合科学技術会議の本来の役目は、当該分野の政策を形成・実施するにあたってのアドバイスを出すことであるはず。それなのに、「科学技術」のための総合科学技術会議において、科学者の意見が軽んじられたり、世界の科学の動向を知っている人がそもそも入っていなかったりしたら、そこで出される判断の質は自ずと決まってきてしまう。無論、最高のプレーヤーが最高のコーチではないように、最高の科学者が最高の科学技術政策形成者であるとも限らない。しかし、その分野の人でしか感じることができない世界の「風」に対する感覚を取り入れることができなければ、おそらくかじ取りは失敗するだろう。

他方、技術が商用化を経て広がっていく上で重要な役割を果たし得るベンチャー企業をめぐる状況も、あまり楽観できる状況ではないようだ。それを支えるはずのベンチャーキャピタルも、短期的な利益を重視する志向が強くなっていてなかなか継続的な資金の確保が難しいという。加えて、昨今の経済危機がそれに拍車をかける。

2008年度には、エンジェル税制という優遇措置が拡大されたようだが、ベンチャー企業を支えるための環境整備はより一層充実が必要だという印象を受けた。


私は「文系・理系」で言えば「文系」で来た人間なので、こういう「理系」社会の話には疎い。しかし、温暖化対策を考えるとき、こうしたより広い文脈での科学技術振興の政策にどのような課題があり、どのように形成されているのか、というのは今後さらに注意深く見ていく必要があることを感じた。