フランク・シェッツィング『深海のYrr』 早川文庫 2008年
- 作者: フランク・シェッツィング,北川和代
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/04/23
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良質のディザスター・ムービー?
自然環境をテーマにした、良質のディザスター・ムービーを見ているような小説である。ただ、通常の意味での「災害(ディザスター)」ではないので、ちょっと分類はしがたい。「環境破壊がもたらし得る脅威」を示唆するという意味では、環境問題がテーマの小説といえなくもない。
ネタバレしないようにあらすじを書くのが難しいので簡単に済ますが、要するに、世界各地で海、特に深海に関係する異変が起き、それが大惨事に発展していく。科学者や軍関係の人が交じって、その原因を探り、それに対峙していくというお話だ。
ディザスター・ムービーっぽいお話というのは、ややもすれば荒唐無稽で現実味の欠ける、スピード感・緊迫感だけのお話になりがちだが、この小説にはそういう雰囲気は無い。それはおそらく、綿密な取材に基づく半端じゃない情報量によって裏付けられているからだろう。
その筋の専門家からすれば、「こんなのありえねえ」という話が多いのだとは思うが、よくもまあこれだけ多岐にわたる分野の知見を詰め込み、それらしく読めるようにしたものである。すごい力量だと思う。
解説にはこの本の執筆に4年をかけたとあるが、さもありなんという感じだ。
分厚い文庫本で3分冊という長さだし、けっこう難しい話も出てくるので、ちょっと大変かもしれないが、私はやたら面白く感じたのであっという間に読み終わってしまった。
気候変動にもちょっと被る?
気候変動の仕事をしていると、絶対に触れるような話も出てくる。
たとえば、メキシコ湾流の停止、なんてのもそれだ。一般的に知られるメキシコ湾流というのは、黒潮などと同じ、海洋の表層を流れる海流だが、同時に、より大きな海流の親玉である熱塩循環の一部でもある。これは、名前の通り温度差と塩分濃度の差によって引き起こされるのだが、それが気候変動によって氷河がとけたりして冷たい淡水が流入すると弱まるかもしれない、っていう話がある。
これは、映画『デイ・アフター・トゥモロー』の背景になっている仕組みだ。この話も本書では出てくる。もっとも、本書ではその原因は気候変動ではないのだけど。
あとは、序盤から大事な役割を果たす、メタンハイドレード。従来型の化石燃料資源とは異なる資源として、日本でも大きく注目を集めている(環境NGO的には微妙なんだが)この資源の話も、本書では鍵となってくる。
そして、これも序盤から話に出てくる、ノルウェーの国営石油会社スタットオイル。ここは、温暖化対策の分野では、ヨーロッパのエネルギー企業としてだけでなく、二酸化炭素回収貯留(CCS)の実施施設を持つ企業として有名だ*1。
こういう話が随所に出てくるので、なんとなく、リアリティを感じやすかったと言うのも、本書を面白いと感じた理由かもしれない。
フィエステリア・ピシシーダ
本書に出てくる話の中で、個人的に一番ビビったのが、フィエステリア・ピシシーダという単細胞生物の話である。渦鞭毛藻とかいうものの仲間らしい。本書では、それが変異したものが出てくる、という話になってなっている。
それがどんな被害をもたらすのかについての詳細は本書を読んで頂くとして、端的に言えば、一種の病原体みたいな役割を果たして、多くの人々に犠牲をもたらす。
そんなやつが本当にいるのかと思って調べてみたら、ウィキペディアに載っていた。
そこにある説明を読む限り、本書に出てくるほど超殺人的ではないものの(本書ではそもそもそれが強化されたという設定になっているので)、やっぱり怖いものとして、一時世間を賑わしたらしい。不勉強でそんなこと全然知らなかったけど。
身近な未知・深海
本書全般を通じて印象づけられるのは、深海という場所について、人間はまだまだよく分かっておらず、こういう小説が成り立つくらい、ミステリアスな場所なんだなということだ。
SF的な要素が、宇宙でない場所で展開しうるという、1つの可能性をまざまざと見せつけられた感じがする。
因みに、日本でもJAMSTEC(独立行政法人海洋研究開発機構)が深海についての研究を行っており、「しんかい6500」などは有名だ。実は本書でも「しんかい」は話題として一部登場する*2。
さらに蛇足になるが、本書中盤で「ユノハナガニ」という生物が出てくるのだが、それを「しんかい」でもぐって撮った画像というのもJAMSTECのウェブサイトから行けるGODAC(国際海洋環境情報センター)の深海画像データベースということろで名前を検索すると見ることができる。
終始登場するゴカイもまたしかり。本書の映像イメージを持ちたい方は試してみるといいかもしれない。
*1:ここがやっている施設の他には、カナダのウェイバーン、アルジェリアのイン・サラが有名。
*2:ついでに書いておくと、その他に、日本の海中工学研究センターが開発した水中カメラロボというのも、ある場面で出てくる。そのロボットの名前がURAというのだが、これは多分、そのロボットを研究されている研究者の方の名前をそのまま本書では採用したのだと思う。