デービッド・ボーンスタイン『世界を変える人たち』ダイヤモンド社 2007年

社会起業家ブーム?

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力

いつもというわけではないのだけれど、ここ数年、ときたま「社会起業家」に関連する本が本屋で平積みされているのを見ることがある。

社会起業家」と(私の職業である)「NGO(非政府組織)」は必ずしもイコールでは無いのだけれども、「何かを変えたい」という動機があることは共通しているので、最近の「社会起業家」プチ・ブームはやっぱり気になる。

本書は、アメリカの大学では教科書にもなっているらしい。社会起業家たちを支える「アショカ」という組織の説明と同時に、その組織が具体的に支援した各地の社会起業家たちの事例が紹介されている。ブラジル、インド、ポーランドなど、場所も多彩だが、分野も環境、医療、障害者支援など、色々な事例が出てくる。

社会起業家の資質

本書で取り上げられているいくつもの事例は、NGOで働いている者の観点からは、活動の成功事例やちょっとした部分で突破口を開いたアイディアを知ることができるという意味で面白い。ただし、本書は、全体としてそういう個々のアイディアよりも、むしろ、(タイトルが示すように)それを推進した「人」に焦点が当たっている。

そして、最後の方で社会起業家に求められる資質を著者はまとめている。それが以下の6つである。

  1. 間違っていると思ったらすぐに軌道を修正する
  2. 仲間と手柄を分かち合う
  3. 枠から飛び出すことをいとわない
  4. 分野の壁を越える
  5. 地味な努力を続ける
  6. 強い倫理観に支えられている

このリスト自体は、本書の事例を読んでみれば納得もいく内容ではあるが、自分という人間に当てはめてみると、なかなか絶望的な気持ちになる。私は(自分で言うのも何だが)飽きっぽいし、あきらめが早い。しかも、リスク忌避的で柔軟性に欠け、社交性もあまりない。これではどうやら「世界は変え」られないらしい(笑)。

まあ、こういう世界を変える仕事に携わっている人たちの全員が全員、こういう資質にめぐまれているわけではなく、その周辺でちびちびやっている人もきっといるはずだ。そして、そういう人たちだって必要でもあるわけなので、そういうのを目指して頑張ればいいのだと思うのだが。

印象に残った事例:ブラジルの「ヘナセ」

紹介されている事例の中で印象的だったのは、ブラジル・リオデジャネイロのスラムがある地区で活動を始めた「ヘナセ(再生)」という組織の事例だ。

ヘナセは「病気の子供とその母親を対象に、退院後のケアをするための組織」として設立されたと紹介されている。

でも、なんでそんなケアが必要なのか?

それは、スラムで暮らす子どもが病気になり病院にやって来た時、病院は治療はするが、その後はどうすることもできない。退院させたら、子どもは再び衛生環境が悪く、栄養が不足する生活に帰っていく。すると、「数週間もすれば再び体調を崩して戻ってくる」という悪循環が発生する。しかも、それは子どもたちだけでなく、治療をする側の医者・看護師にも絶望感を与え、モチベーションを奪っていく。

こうした悪循環を断ち切ることが、ヘセナという組織が設立されたきっかけだったようだ。ヘセナを設立したヴェラ・コルデイロという人は、半分ボランティアに近い形で、10人の仲間とともにこの組織を立ち上げた。

ともすれば「退院後の治療プランなんて当たり前」と思ってしまうかも知れないが、私が感心したのは、実際にこういう悪循環の状況下におかれながら、その必要性に気が付いたこと。自分が、こういう状況に置かれ、ドツボにハマっている時、人は意外と「後から考えてみれば当たり前」な必要性に意外に気が付くことができない。みんな、その状況下ではその人なりに精いっぱいだからだ。

ましてや、それを思いついたとしても、それを「変える」ための具体的な行動を起こすことができる人間というのは、現実には極めて限られる。それどころか、状況を変えようとする動きに対しては、自分でも知らず知らずのうちに「抵抗勢力」になってしまうことがあるだろう。

実際、コルデイロ氏も、ソーシャル・ワーカーらの既存の専門家からの反発を買ったと本書にはある。これは私の推測だけれども、こうした人々は、別に悪意があってそのようにするのではなく、むしろ、問題へのアプローチを変えることによるリスクを重く見ることが多いから、そういう態度に出てしまう。そういう人々を納得させるためには、とにかく、結果を見せるしかない。

かく言う私も、現実には、「変える」側には回れない性質タチなのだが・・・。