村田早耶香『いくつもの壁にぶつかりながら:19歳、児童売春撲滅への挑戦』PHP研究所 2009年

いくつもの壁にぶつかりながら

いくつもの壁にぶつかりながら

大学生時代に児童売春撲滅を目的とするNGOを立ち上げた著者が、これまでの成功と失敗を丁寧に綴った本である。

本書を読み終えてまず感心したのは、よくここまできちんと記録していたなということである。日記をつけていたという記述があるので、きっとそれを元にしているのだろうが、おかげで、細かく具体的なエピソードがしっかりと書かれている。上手くいったことも、そして失敗してしまったことも。

これから、NGOなり、社会企業家なりを目指そうとしている人々にとっては、『裸でも生きる』とともに、等身大の貴重な「参考資料」となるであろう。

それにしても、こういう風に道を切り開いていく人たちというのは、何よりもまず原体験に裏打ちされた「強い想い」があるのだなと思った。そして同時に、「あきらめない力」を持つ人たちなのだなという印象を改めて抱いた。「あきらめない力」というのは、決して「くじけない力」ではない。実際、著者も何度もくじけている様子が本書では描かれている。でも、最終的にはあきらめていないのだ。

もう1つ感心したのは、著者やその仲間が、結構戦略的であることだ。たとえば、著者たちの団体が買春撲滅へ向けての活動の方向性を検討した下りについて述べた以下の部分。

 私たちは事業モデルとして、供給側を減らしていこうと考えました。
 供給側の農村の貧困家庭の就学率を上げるために、奨学金を与えて学校に通わせるか、学校を作るか、職業訓練所を作るかという三つの案を考えました。
 そして、その中から職業訓練所を作ることを選びました。職業訓練の機会を与え、大人もしくは子ども自身が手に職をつけて稼げるようになれば経済的な自立ができ、貧困による買春の被害を減らせるはずです。(p. 94)

こうした検討した後、彼らは実際に自分たちの事業モデルを意識的に選択している。買春の「供給」と「需要」のうち、供給側にたいしてアプローチすることを選択し、その中でさらに特定のアプローチをとることにしたということである。ここがすごい。

別に、需要側にアプローチするのを私がダメだと思っているというわけではない(どうなのか、そもそも私は知らん)。すごいのは、そういうアプローチがあることを意識し、自分たちがどっちの事業モデルをとるべきかを意識的に選んでいるという点である。「当たり前」と思われるかもしれないが、大学生中心のNPOで、これを意識的に行ったという事実自体が、私には驚異的に思える。

また、日本のNGOで働くものとして、もう1つビックリした点がある。それは、サポーター(会員)の多さだ。本書では、中盤にサポーター制度を作ったという下りがある。

 まず、学生スタッフが他の団体をリサーチして「サポーター(会員)制度」のプランを作りました。当初のサポーター制度は、「たまご会員」というもので、一口月額1000円、3000円、5000円から(2009年現在は、一口月額1000円から)を選択して、支援をしていただくというものでした。
(中略)
 つらい2005年を経て2006年になると、蒔いた種から芽が出るように講演会の依頼が増えてきました。サポーター事業部のスタッフも増え、いろいろな企画を分担して進めることができるようになったのです。
(中略)
 サポーターになってくださった方は、2009年には1700名を超えました。(pp. 158-161)

2005年にサポーター制度を作り、2009年には1700名いるというのである。「なんだ1700名」というなかれ。日本のNGOとしては、これはなかなかにすごいことだ。まあ、逆に言えば、いかに日本のNGOが厳しい状況なのかということでもあるのだが。

本書の冒頭では、タイ、そしてカンボジアでの買春の実態の紹介がされている。著者の「想い」の原点となった光景である。

 施設の美しい庭では、6歳と12歳の姉妹に出会いました。・・・・・・・
(中略)
 姉妹と遊んでいる私のところへ施設の所長が来ると、二人にはわからないように英語で、彼女たちが置かれていた状況を話しはじめました。
 二人は、抵抗ができないように電気ショックを与えられながら売春させられていたのだそうです。保護されたとき、彼女たちの腕には電気ショックによる火傷の跡が無数にありました。夜が来ると泣き叫び、熟睡できません。PTSD (Post-traumatic stress disorder 心的外傷後ストレス障害)の症状に悩まされていました。
「彼女たちの親は、子どもが売られていく先が売春宿だと知っていたのですか?」と質問すると、所長は「知っていたけれども借金を背負っていたために、彼女たちを売るしかなかったのだ」とつぶやきました。」(pp. 8-9)

私なら「そんなやつらは生死の間を10年間さ迷わせた後に死刑だ」だという短絡的な発想に行ってしまうが、そういうことでは問題の根本は解決しない。

こうした複雑かつ重大なる問題に対し、自分で事業を立ち上げ、仲間とともに問題を解決をしようと人たちが、若い世代*1からどんどん出てくるようになれば、それは日本という国にとって、何よりも誇る資源となりうる。

同じようにNGOという業界で働くものとして、「負けてられん」と奮起するべきところだろうが、こういう人たちには敵わんなあと、半ば投げやりになってしまう今日この頃。

*1:お前が言うなと言われそうだが。