コペンハーゲン会議の結果について

デンマークコペンハーゲンでの国連気候変動会議(COP15・COP/MOP5)が終わって、早くも2週間が過ぎ去り、もう年の瀬だ。

今年は色々なことがあったが、この会議に照準を合わせて色々やってきたので、それがあんな形で終わると、がっかりしてしまって、少し気が抜けてしまった。終わった後に、少なくとも簡単な感想ぐらいはこのブログに書いておこうと思ったのだけれど、気がつけば今日。

今回の会議の結果について、細かい内容は仕事の方で書くので、ざっくばらんな、個人的な感想だけつらつらと書いてみる。

総じて言うと、今回の会議の成果は、期待外れだったと言わざるを得ない。意味のない会議だったとまでは言わないが、今回の会議を「成功」と位置づけるのはやはりちと厳しい。

元々難しかった部分

会議が始まる前から、現状の交渉の状況からして、今回の会議でどのくらいの成果があげられるかについては疑問の声が挙がっていた。

ポジティブな要素はあるにはあった。

たとえば、会議直前になり、アメリカが自主的な温室効果ガス排出量削減目標を発表し、それに呼応するかのように、中国やインドも自主的な目標を対外的に示した。それらの目標は十分ではないというのが一般的な見方だったが、鍵を握る国々が、会議を成功させるためのステップを踏み出したことは、多くの関係者がポジティブな動きであると感じていた。

しかし、同時に、これまでの交渉経緯を知っている人たちの間では、今回の合意に含まれるべき論点の中で、未だに各国の合意形成に近づけていないものが非常に多く、最終合意の姿形が見えていないことに危機感を抱いている人が多かった。

これまでの交渉は、基本的に2つの作業部会(AWG LCAとAWG KP)の下で行われてきたが、両者とも、交渉されているテキストはまだ合意ができていない括弧が大量に残っている文書のままであり、どうなるかはまだまだ混とんとしていた

それに加え、アメリカについて言えば、上院の法案が通っていなければ、オバマ大統領が掲げた目標は絵に描いた餅に終わるのは誰もが知っており、その上院における議論の状況は、少なくともこの会議期間中には明らかにならないことも誰もが知っていた

さらに、削減目標に加えて、もう1つ重要な論点であった途上国に対する長期的な資金援助についても(〜2020年)、先進国は会議前までには明確なスタンスを示せずにいた*1。この点について進展がなければ、途上国側が様々な論点について譲歩することは難しいというのも、これまた関係者はよく知っている事実であった。

このように、会議が始まる前から、今回の会議が相当に難しいものになることは、ある程度想定されていたと言える。今回の会議が、スムーズに行くとは、誰も思っていなかっただろう。逆に言えば、だからこそ、各国の首脳が最後は出張ってきて、交渉をするような段取りになっていたのである。

予想以上に難しかった部分

しかし、そうした「事前に予想された困難」以上に、今回の会議の結果は厳しいものだったといえる。

なぜそうなってしまったのであろうか。

その原因を考えた時に、いくつか思い当たる理由のうち、やはり1つ重要なのは、ホスト国たるデンマーク政府による議事進行のミスであろう。

デンマークは、会議が開始される前まで、ホスト国として積極的に各国との対話を重ねてきていた。pre-COPと呼ばれる事前会合を開いたり、首相であるラスムセン氏が、独自の構想を発表したりしていた。

ラスムセン氏が発していたメッセージの中身については、個人的には賛同しかねる部分もあったが、それでも、そうした努力をしたこと自体は、こうした会議のホスト国としては当然のことであり、問題があったわけではない。

しかし、どこの時点からかは正確には分からないが、デンマーク政府は致命的なミスをした。それは、合意形成のプロセスを、全員参加ではなく、限られた国々の中で行ったという印象を与えてしまったことである

これが端的に表れたのが、会期中の12月8日に英紙ガーディアンに「デンマーク・テキスト」がリークされて掲載された出来事である。

会議の前から、どうやらデンマーク政府は、秘密裏にコペンハーゲン会議の合意の下書きとなるようなテキストを、一部の政府関係者には見せているらしいという噂はあった。会議が始まってからは、少なくともそういうものが存在するということ自体は、半ば公然の秘密として語られるようになり、それが一体どんなものなのかということに、多くの人たちは関心を持っていた。

それが、新聞にリークされるという形で明らかになり、同時に、その内容については、多くの途上国(どころか先進国も)が知らない状況の中で作られていたということが明らかになった。

繰り返しになるが、ホスト国がリードをとって、合意の下書きを作るというプロセス自体には、問題があるわけではない。しかし、ここで大きな問題となったのは、このプロセスが、「一部の国々の中で行われた」という印象を与えてしまったことだ。

このことについて、多くの途上国が不快感をあらわにし、交渉にも影響が出た。結局、既存のAWG LCAやAWG KPのテキストをベースとして交渉をすることを再確認することで、ようやく交渉が再び動き始めたが、後半の交渉にしこりを残したのは確かだった。

そして、会議終盤において、再びこの「プロセス問題」が再燃する。

最終日の18日、オバマ大統領や鳩山首相等の各国首脳級が集まり、いわゆる「コペンハーゲン協定」のテキストを作り上げた。首脳自身がテキストをほぼゼロに近い状況から交渉するという前代未聞のやり方で、なんとか合意に持っていった。できあがった「コペンハーゲン協定」は、以下のようになっている。

中身の評価もいろいろあるのだが、ここではひとまずプロセスについての話に絞っておく。

通常のG8などの首脳会議では、交渉テキストは首脳たちが到着する前にほぼ完成に近い状況まで持っていき、最後までもつれた懸案事項についてのみ、首脳たちの政治判断を仰ぐのだが、今回の交渉では、最終日に、首脳たちが缶詰めになって実際にテキストを交渉した。

しかし、この首脳間での交渉も、全ての国々の間で行われたのではなく、30カ国弱の国々の首相で行われた。それらの国の選定に当たっては、地域バランスをとったり、これまでの交渉での鍵となるグループの代表国を入れたりするなどの配慮はされていたようである。100カ国の首脳全員で議論するというのは、時間の観点から言っても現実的ではなく、ある意味仕方がない措置ではあった。

それでも、上記の最初のプロセス問題で信用を失っていたデンマーク政府および「一部の国々」に対する不信感は大きなものがあり、この「協定」を、首脳会議終了後の全体の「総会」で、採択しようとした際、多くの途上国から反対が出てしまった

結局、最終的に、コペンハーゲン会議はコペンハーゲン協定の中身を会議の「決定」(decision)として採択することはできず、会議はコペンハーゲン協定に「留意する」(take note)という表現に留まった

"take note" というのは日本語には訳しにくい表現なのだが、要するに、今回の会議の正式の決定ではなく、あくまで、一部の国々(協定作成過程に参加した国々)が作った文書として、そこにあるという存在は認めるという意味である。なので、後の交渉において、この文書を、過去の合意であるという根拠として使用することは基本的にはできない。

デンマーク政府が、別のアプローチをとっていれば、果たして"take note"ではなく、"decision" になりえたかどうかは、定かではない。結局無理だったかもしれない。しかし、18日の夜中から、19日の午後(!!)にかけての総会における議論の崩れ方は、COPのプロセスをこれまで6年間見てきた人間としても、稀に見る悲しい崩れ方であった。少なくとも、あそこまでに、禍根を残す崩れ方は、避けえたはずであったというのが、個人的な感想である。

ちなみに、最後の総会の様子は、UNFCCCのウェブサイトでウェブキャストで見ることができる。時間が有り余って仕様がないという人は、飛ばし飛ばしでもご覧になってみるとよいかもしれない。

日本語の通訳はないので、ちょっと大変かもしれない。

会議の結果に対する評価と今後について

冒頭で述べたように、今回の会議の結果は、個人的にも非常に残念なものだったと言わざるをえず、成功であったとは言い難い。

しかし、アメリカでは、今回の結果について、割合と肯定的に見る向きもある。たとえば、著名なブログであるClimate Progressでは、ゲストによるポストとしていくつかの評価が掲載されているが、割合と肯定的に見ている。記事の内容は、主にコペンハーゲン協定の中身についての評価であり、その中で、協定に合意をした国々の意志について、ポジティブな評価をしている。


しかし、同じ今回の会議の結果の評価の傾向として、若干気になるものがある。

それは、「今回の会議が失敗したのは中国のせいだ」とする論調と、「国連のコンセンサス方式の合意形成は限界だ」とする論調だ。

前者は、特に以下のガーディアンの記事に触発されての論調であるように思う。

この記事は、ある国の政府代表団として参加したジャーナリストが、通常は入ることができない首脳たちの交渉現場で見聞きした内容を記事にしたものである。そこで、先進国の長期目標と、世界全体の長期目標については、中国が反対したために、入らなかったということを書いている。彼は、さらに、その後の総会の中で、スーダンらの国々が示した反対は、実は中国の「代理」として行ったものであるという主旨の説明をしている。

中国が、「先進国全体の」長期目標について反対をしたのは、一見不可解に思えるかもしれないが、実はそれほど不思議な話ではない。世界全体の長期目標と、先進国全体の長期目標が決まれば、それは事実上、途上国の長期目標を決めることになる。そうなれば、世界最大の排出量を持つ中国の役割もおのずと決まってくる。中国は、そこを気にして交渉するというのは、実はそれほど難しい話しではない。その中国のスタンスが良いというわけではないが、そうした交渉態度をとること自体は、別に不思議でもなんでもないという点は、よく理解しておくことが必要である。

他方で、首脳会議後の総会の議論の中で、スーダン等の国々が示した立場の中では、不可解なものも多いのは確かだった。

特に、スーダンがとった異様に攻撃的な態度は、その背後に何か別な理由があるという憶測を呼ぶに十分なものであったことは事実だ。私も、現場で聞いていて正直非常に不快に思ったのを覚えている。

しかし、総会において、コペンハーゲン協定の「決定」としての採択に反対をしていた国々の中には、スーダン以外にも、いくつかのグループがあったことも理解しておく必要がある。

たとえば、ツバルも、総会が始まって直後は反対をしてたが、これは、彼らが上記のプロセス問題について純粋に大きな懸念を抱いていたからである。スーダンなどの攻撃的な「反対」をは若干ラインが異なっていた。同じ小島嶼国でも、グレナダは、合意をまとめようと必死だった。AOSIS諸国の中でも、実は意見は分かれていたようであり、最終的には、なんとか合意をまとめる方へと流れていった。

非常に強い口調で、今回のプロセスを糾弾していたもう1つのグループとして、ALBA諸国がある。過去の歴史では、気候変動における国連交渉のグループとしてはあまり目立っていなかった国々ではあるが、今年1年間の交渉の中では、徐々に存在感を出してきた。ALBA諸国とは、元々はアメリカが推進する米州自由貿易地域(FTAA)に対する代替案を推進するグループとして結成されたものである。ベネズエラチャベス大統領によって提案され、これに含まれる国々としては、ベネズエラの他、キューバボリビアニカラグアエクアドルなどが含まれる。

上の総会の動画を見た人が入れば、最後の総会の一連の過程で、強く発言していた国々と面子が重なっているのはよく分かると思う。

ALBA諸国からしてみれば、今回の合意プロセスのあり方は、他の分野におけるアメリカを中心とするプロセスと重なって見えたのかもしれない。彼らの発言の内容は、聞いていてあまり気持ちのいい内容ではなかったが、今後の交渉において十分に配慮しなければならない動きであることは確かである。

私がここで強調したいのは、最後の総会において再燃したプロセス問題をめぐる議論の中で、コペンハーゲン協定を"take note"に格下げする過程に持っていった勢力の中は、色々ある、ということである。どこかの国々が、事前に策謀をめぐらして、上手いこと持っていたと考えるには、あまりに状況や主張が混とんとしている。

下記のニューヨークタイムズの記事に出てくるように、今回の会議の結果をめぐって、一部で非難の応酬が起きている節がある。

私も、上記のようにデンマーク政府に一部の責任があると思うし、「戦犯探し」をしたくなる気持ちは十分理解できるが、しかし、今後のことを考えると、ここで非難の応酬合戦の負のスパイラルに陥っていくことは、ますます合意形成を困難にするだけであり、あまり賢い選択であるとは思えない

それが、私が気になる第2の論調に対しての感想にもつながる。

今回、最後の総会の議論において、国連のコンセンサス方式での合意形成が非常に難しいものであることが、改めて露呈した。

そのこと自体は疑いようが無い。

しかし、だからといって、そこから、「国連方式はやっぱりダメだ」となるのも、違うと思う。

国連のコンセンサス方式は、今回の事例が端的に示したように、やはり非常に難しいのである。単純にいって、190カ国に近い国々のどれもが、いわば拒否権に近いものを持っていることになるのだから、そこで合意を形成していくのは、問題がそれぞれの国々にとって重要であればあるほど難しい

しかし、逆に言えば、だからこそ、その合意形成のプロセスから出てきたものは強力になりうる

京都議定書は、一部の人たちは、「効果がない条約だ」という非難を浴びせている。京都議定書が不十分なものであることは確かであるが、それはあくまで相対的なものであり、温暖化について宣言がされた他のいかなる協定やらパートナーシップやらよりも、強力な効果を持って、今日まで至る。その親条約である国連気候変動枠組条約は言うに及ばずである。

今回の会議で、何か1つ確認されたことがあるとすれば、私は、個人的には、国連のコンセンサス方式を忠実に、地道に追求して、外堀を徐々に埋めていきながら、最終合意を形成していくしかないということであったと思う

今回の熾烈な交渉を通じて、各国の立場が明確になってきたのは、その意味では収穫だったかもしれない。弱く、位置づけが非公式であるとはいえ、コペンハーゲン協定の中身は今後の交渉の中でも1つのベンチマークとしての役割は果たしていくと考えられる。今回の交渉で、何かが得られたかどうかは、今後の活かし方にかかっているとも言える


さて、ちょっと、当初予定していたよりも異常に長い文章になってしまったので、今日はこの辺で。

コペンハーゲン協定の中身については・・・・仕事の方で書くから、こっちでは書かない方が無難かな。

皆さんよいお年を。

*1:この点については、会期中に、アメリカのクリントン国務長官が、先進国全体として1000億ドルの資金援助をするべきだという数字を発表した