各国が掲げている削減目標は「2℃未満」にとって十分なのか?(1)

全体目標が持つ影響に関する3つの研究

コペンハーゲン会議(COP15・COP/MOP5)までの過程の中で、先進国や一部の途上国は自国の温室効果ガス排出量削減に関する中期目標(〜2020年)を自主的に発表している。日本が、政権交代後、2020年までに1990年比で25%削減するという目標を発表したことはご存知の方も多いだろう。

コペンハーゲン会議において「留意する(take note)」ことになったコペンハーゲン協定(Copenhagen Accord)では、各国は2009年1月31日までに条約事務局に対して目標を提出することになっている。

正確に言うと、途上国については、「目標」(quantified economy-wide emissions targets)を提出するという言葉ではなく「削減行動」(mitigation actions)を提出するという言葉が使われているので、若干言葉のニュアンスが弱く差別化されているのだが、提出されてくるものには数値が含まれるものが多いと考えられる。

コペンハーゲン会議から約1ヶ月間という短い間での提出となるので、コペンハーゲン会議までの段階で発表されている目標からそれほど大きく変わることはないだろう。

ここで問題となってくるのは、そうして提出された目標が、果たして世界全体としてはどの程度の目標に積み重なり、どの程度の温暖化抑制につながるのか、ということだ。

今回から3〜4回に渡って、その辺を検討している3つの研究機関/グループの成果について、順次紹介してみたい。最後の回では、簡単な比較を行う。

3つのグループの研究成果は、それぞれ発表された時期が違うし、置いている前提も異なるので、横並びに比較するのは難しいのだが、いずれもしっかりとした検討なので、それぞれに参考になる。

また、ここで紹介する3つの研究グループ共に、全体目標のベンチマークとしては地球の平均気温上昇を産業革命前と比較して「2℃未満」に抑制するということを使っている。これは、国際的にそれが重要な指標であることの認識が高まっている傾向を受けてのものであると同時に、コペンハーゲン協定の中で具体的に言及されているからでもある。

白状すると、本当は1回の記事で3つ全部書いてしまおうと思ったのだが、長くなりそうなので、敢えて分けることにした。

比較のポイント

ただダラダラと比較するのもつまらないので、基本的に以下のポイントにそってそれぞれの研究を見ていこうと思う。研究によって少し考え方が違うので、途中で修正するかもしれないけど。

  1. 「2℃未満」を達成するために必要な温室効果ガス濃度は何ppmを想定しているのか?
  2. その濃度を達成するために必要な温室効果ガス排出量削減はどれくらいと想定しているのか?
  3. 各国の目標を積み上げた排出量はどれくらいになると想定しているのか?
  4. 現状のままでいくと、どれくらいの濃度/温度上昇になると試算しているのか?
  5. 必要な削減量と現状の積み上げ削減量とのギャップはどれくらいなのか?

ちょっと難しいのは、今回注目するのは、2020年の目標であること。本来は2050年くらいまでの数字を見なければ、判断は難しいのだが、その辺の考え方も見たほうがよいかもしれない。

Project Catalyst

最初にとりあげるのは、Project Catalyst である。

Project Catalyst は、アメリカにベースをおくClimateWorksという財団がスポンサーをするイニシアティブである。いろんな国の専門家に加え、交渉担当者も交えた作業部会で作業をして、これまでに結構な数のペーパーを発表している。

気候変動業界では有名なプロジェクトであり、このイニシアティブの中で発表されている研究の影響力はそれなりにあるようだ。

コペンハーゲン会議に先立ち、Project Catalyst はいくつかのブリーフィング・ペーパーを発表した。その中の1つに以下がある。

これは、12月5日までの段階で各国が出してきた目標について、それがどれくらいになるかを評価した報告書である。

1.想定している温室効果ガス濃度

Project Catalyst は、「2℃未満」にとって必要な大気中の温室効果ガス排出量濃度を「450ppm」と想定している。

本文のイントロにおいて、以下のような下りがある。

In order to have just a 40-60 per cent chance of meeting this objective [note: "below 2 degree"], long-term atmospheric concentrations of greenhouse gases (GHGs) must be stablised at no more than 4500 parts per million (ppm) of carbon dioxide equivalents (CO2e)." (p.8)

ここで念頭に置かれているのは、あきらかにIPCC第4次評価報告書のカテゴリーIであり、どうやら、これを根拠にしているらしい。

ただし、引用部分にもあるように、450ppmだと、「2℃未満」を達成する可能性はないわけではないが、達成できない可能性も最大で60%あることになる。この点は留意しておく必要があるだろう。

2.必要な削減量

必要な削減量としては、2020年時点では、44Gt(440億t)に下げられなければならないと想定されている。

そして、BAU(現状のまま推移した場合)の2020年の排出量は、昨今の経済不況の影響も加味した上で、58Gt(580億t)になるという。ちなみに、この580億tという排出量は、950ppm/5℃上昇の世界につながるという。

1990年の排出量は、上述のブリーフィングペーパーには書いていないが、Project Catalyst がその試算のベースとしているMcKinsey & Company のPathways to a Low-Carbon Economyには、36Gt(360億t)と書かれている。それを用いて単純に計算すれば、Project Catalystの試算では、>世界全体の排出量はBAUでは2020年に1990年比約61%増えてしまうが、これを同約22%増に抑えることが必要だということだ

ここで若干注意して欲しいのは、今ここで書いているのは世界全体の排出量であるということ。よく引用される25〜40%削減というのは先進国の削減量なので、区別が必要である。

3.各国目標の積み上げ

さて、昨年12月5日までの段階で、各国が出してきた目標(アメリカ、中国などの数字を含む)を想定すると、排出量はどうなるのであろうか。

Project Catalyst は、この問いについては2つのシナリオに分けて答えている。

1つ目のシナリオは、「低(low)ケース・シナリオ」で、比較的確実な約束のみを考慮しているシナリオである。このシナリオでは、たとえば、EUの目標は1990年比20%削減、日本は同8%削減(前政権目標に相当)、アメリカは同24%増が想定されている。途上国については、国内法等で実施されているものだけが組み入れられてる。

このシナリオだと、世界全体の2020年時点での排出量は、54Gt(540億トン)となる。これは、先進国は全体で1990年比3%削減、途上国はBAU比で7%削減にしかならないという。

2つ目のシナリオは、「高(high)ケース・シナリオ」で、各国の最も野心的な目標を組み入れているシナリオである。たとえば、EUの目標は1990年比30%削減となり、日本は同25%削減、アメリカは、2005年比で17%削減が想定されている。途上国については、ブラジルのBAU比39%削減、インドの同19%削減、インドネシアの同41%削減などが組み入れられている点だ。

このシナリオだと、世界全体の2020年時点での排出量は、49Gt(490億トン)となる。これは、先進国全体で1990年比18%削減、途上国はBAU比で13%削減になるという。

面白いのは、中国については、どちらのシナリオでも同じ排出量が想定されていることである。これは、McKinseyが使用したBAU想定においては、中国が掲げた目標はBAUからあまり変わらないとされているためらしい*1

このままいくと・・・?

仮に、「低(low)ケース・シナリオ」でいくとすると、世界は550ppmの世界に突入する傾向が強くなり、もしそうなれば、予測される温度上昇は3℃以上になると予想されている。

ギャップは?

上述の通り、必要な排出量が44Gt(440億t)で、各国の野心的な目標を想定した「高(high)ケース・シナリオ」でも、排出量は49Gt(490億t)になる。つまり、5Gt(50億t)のギャップがまだ存在することになる。これをどうやって詰めていくのか、が今後の課題になる。

現状の目標と、必要な目標のギャップという話からは若干ずれてしまうが、Project Catalyst の検討で面白いのは、BAUとのギャップをどうやって詰めるのか、という問いについて、独自の考え方を、オフセットの使用も含めて考えている点だ。

今回の試算では、2020年のBAU排出量は58Gt(580億t)と見積もられているが、以前のペーパーでは61Gt(610億t)と見積もられていた。今回の数字が低いのは、経済不況の影響と途上国における森林減少からの排出量の下方修正を考慮してのことである。

元々のBAU(61Gt)と、必要な削減を得た後の排出量(44Gt)を比べると、そのギャップは17Gt(170億t)になる。このギャップをどうやって埋めるのかを考えるに当たって、Project Catalystでは、McKinseyが世界中の削減機会を調査して試算した世界的な削減費用曲線を用いている。

そして、先進国については、60ユーロ/tCO2までのコストがかかる削減については、先進国国内で削減を行い、それ以上については、途上国でのオフセットを通じて行うと想定して検討している。また、途上国については、ネガティブ・コスト(つまり、対策をすると結局トクになる)の対策を自主的に実施し、それ以上の対策については、先進国からの援助を受けて実施すると想定して検討している。

その結果、17Gtの内訳が以下のようになる。

  • 先進国国内削減:5Gt(50億t)
  • 先進国のオフセットを通じての削減:3Gt(30億t)
  • 途上国が先進国の資金的援助を受けて行う削減:6Gt(60億t)
  • 途上国が自主的に行う削減:3Gt(30億t)

これは、先進国に関していえば、国内削減+オフセットで、1990年比25%の削減をすることに相当する。

これが、今回の経済不況+森林減少下方修正を踏まえた検討の結果、以下のように変わっている。今回のBAUは、元々のBAUよりも3Gt(30億t)排出量が少なくなっており、1.5Gtが経済不況、1.5Gtが森林減少の下方修正由来とされている。

  • 先進国国内削減:4.5Gt(45億t)
  • 先進国のオフセットを通じての削減:2Gt(20億t)
  • 途上国が先進国の資金的援助を受けて行う削減:4.5Gt(45億t)
  • 途上国が自主的に行う削減:3Gt(30億t)

こうした形で、必要な削減量が、どのような形式でなされるべきかを考えるというのは、実は実際の交渉にとっても非常に示唆に富む内容だ。なぜそうなのかを書き出すと長くなるので、今回はちょっとかけないが、Project Catalyst が、交渉担当者も参加してのイニシアティブであることから来る特徴なのかもしれない。

簡単な感想

なんだか数字がぽろぽろ出てきて、若干、分かりにくくなってしまったかもしれないが、要するに、このままだと、450ppmのシナリオに到達するのにも、5Gt(50億t)のギャップが生じるということである。日本の排出量が約1.4Gt(14億t)なので、なかなかに大きい数字だ。

「2021年以降の削減で挽回すりゃいーじゃん」という考え方もあるのだが、ロックイン効果によって、それも容易ではないことがProject Catalyst の分析では示されている。

ちょっと尻切れトンボな感じだけど、今回はとりあえずこの辺で。

*1:中国の目標をどう評価するのか、という問題は、中国のBAUをどう予測するのかという問題につながり、実はかなり難しい問題だ